マスクを付けた美女
久々に短編小説。
職場の後輩だった彼女は、いつでもマスクを付けていた。
最初は花粉症なのかと思ったが、後から口裂け女なのだと知った。
口裂け女なので、その大きく裂けた口をマスクで隠して生活しているという。
なるほど、確かに人々は往々にしてマイノリティに残酷だ。
普通の生活を求めているのなら、大衆に紛れた方が生きやすいだろう。
しかし僕は、彼女の素顔を見てみたいと思った。
年中マスクを付けている美人の素顔が、気にならない訳など無い。
しかし、それを頼む事が失礼に当たる事も理解できた。
何より、彼女の素顔を見て、誠実な対応をできる自信が無い。
恐らくは大丈夫ではないか、と思うものの、あまりの恐ろしさに、悲鳴を上げて失禁しない保証は無い。
一緒に食事に行った女性社員に話を聞くと、本当に口が裂けているらしい。
悲鳴を上げるほどではない、と聞いて、余計に気になってしまった。
ある時、駅までの帰路で彼女を見かけた。
軽く挨拶をしてから、思い切って訪ねてみた。
「人に素顔を見せるのって、やっぱり嫌?」
彼女は、少し困ったように小首を傾げて答えた。
「相手によりますね。嫌な事を言いそうな人なら、やっぱり嫌です。」
思わず言葉が出た。
「じゃあ、僕は?」
マスクを付けていても、彼女が笑ったのが分かった。
「褒めてくれそうな気がします。」
人気の少ない、住宅地の間の路地。
彼女はゆっくりとマスクを外した。
「わたし、きれい?」
僕は答えずに、黙ってポケットから琥珀色の飴を取り出して、彼女に渡した。
「割と僕の好みかな。」
ようやく彼女の素顔が見れたというのに、彼女はすぐにうつむいてしまった。