僕はりんごが嫌いだった
【第0回】短編小説の集いのお知らせと募集要項 - Novel Cluster 's on the Star!
参加させて頂きます。
博信の母の実家はりんご農家だった。
毎年毎年、母の実家からはりんごが送られてくる。
夕食が終わると、母は毎回必ずりんごを剥いた。博信は父とそれを齧りながら、ぼんやりとテレビを見て、母は一人だけ洗い物をしていた。
反抗期になると、博信はそれを不快に思うようになった。
母はりんごを食べる事も、テレビを見る事もせず、よっつに割って、種を除いて、綺麗に赤い皮を切り取って、皿に乗せて、一口も食べずに、すっと台所へ消える。
まるでこれでは、自分や父の家政婦ではないかと思った。それをさせている父も、それを良しとする母も嫌いだったし、それでも怠惰に任せて、家事を手伝おうとしない自分にも嫌気が差した。
博信は両親のどちらとも頻繁に喧嘩をした。
大学は一人暮らしをするために、家から遠い所を受験した。
初めての一人の冬を迎えると、実家からりんごが送られてきた。
友人に分けても食べきる事が出来ずに、いくつか腐らせてしまった。
りんごは腐らせるから送らないで、と短くメールで母に伝えた。
りんごはそれから、送られてくる事は無かった。
博信はそのまま、実家に戻る事は無く、就職して、結婚し、子をもうけた。
両親とまったくの親交が無くなった訳ではなかったが、実家に帰ってもどこかぎくしゃくして居心地が悪いので、何かと言い訳を付けて、帰省しないようになっていた。
博信の子供が大学生になった時に、彼の母はがんに倒れた。
そしてそのまま、博信の子の卒業の前に、ひっそりと亡くなった。
納棺の時に、りんご農家の伯父がりんごを入れようとした。
「すみません、りんごは入れないでやって下さい。」
博信の父は、そう言った。
「こいつ、りんごが嫌いだったんですよ。両親と不仲だった事を思い出すからって。」
母の実家はりんご農家だった。
遺骨が焼きあがるまでの間に、博信はぼんやりと父とりんごを齧った。
「お前、りんご嫌いじゃなかったのか。」
そう父に訪ねられて、静かに首を横に振った。
久しぶりに食べたそれは、懐かしい味がした。